SMART目標設定の「A」を取り違えていないか——達成可能にするほど成果が落ちる理由
目標設定の研修では、たいてい「SMARTで書きましょう」と教わります。そしてAの説明は決まってAchievable=達成可能な水準にすること。ところが、この読み方で目標を作り込むほど、目標設定研究が示してきた効果を自分から手放すことになります。しかもSMARTの初出とされる文献では、Aは別の語だったと複数の資料が伝えています。この記事では、SMARTの各文字の解釈と目標の難易度に絞って、実務で何をどう直せばよいのかを整理します。
- SMARTの初出とされる Doran (1981) では、AはAssignable(誰が実行するのかを割り当てる)だったと複数の資料が一致して伝えている。現在広く使われる Achievable(達成可能)は後年に置き換わった語。
- Aを「達成できる水準に収める」と読むと、目標の困難度と成果は正の線形関係にあるという知見(Locke & Latham, 2002/効果量 d = .52〜.82)と逆方向に働く。
- ただし困難な目標が効くのは本人のコミットメントが前提。難易度を上げれば成果が出るという話ではなく、この効果量はエンゲージメントや定着を測ったものでもない。
SMART目標設定の「A」は、もともと何を指していたのか
SMARTの初出とされる文献では、AはAssignable(誰が実行するのかを割り当てる)だったと、複数の解説資料が一致して伝えています。書誌は Doran, G. T. (1981)「There's a S.M.A.R.T. Way to Write Management's Goals and Objectives」Management Review, 70(11), 35-36 です。ただし当方は原論文そのもの(Management Review 1981年11月号)を入手して確認したわけではありません。英語版Wikipedia「SMART criteria」をはじめとする複数の資料が同じ内容を伝えている、という水準の根拠として読んでください。
SMART目標設定とは、目標を文章にするときに満たすべき要件を5つの頭文字で示した枠組みのことである。——この定義自体は当時から変わっていません。変わったのは、AとRに当てられている語です。
原典で伝えられる語と、現在よく使われる語の対応
| 文字 | Doran (1981) として複数資料が伝える語 | 現在よく使われる語 | 意味の変化 |
|---|---|---|---|
| S | Specific(改善対象の領域を特定する) | Specific | ほぼ同じ |
| M | Measurable(進捗の指標を数量化する、または少なくとも示す) | Measurable | ほぼ同じ |
| A | Assignable(責任の所在を明確にする) | Achievable / Attainable(達成可能) | 担当の問題 → 難易度の問題 |
| R | Realistic(利用可能な資源で達成可能な結果を示す) | Relevant(関連性がある) | 資源の問題 → 整合性の問題 |
| T | Time-related(期待される結果の時間軸を含む) | Time-bound | ほぼ同じ |
注目したいのは、AとRの入れ替わりがセットで起きていることです。もともとAは「誰がやるのか」、Rは「手持ちの資源で現実的か」を問う要件でした。現在の並びでは、Aが「達成できる水準か」を引き受け、Rは「上位方針と関連しているか」に移っています。つまり難易度を問う要件が1つから実質2つに増え、担当を問う要件が消えた構図です。
どちらが「正しい」かを決めるより先に確認すること
実務では、どちらが正しいSMARTかを議論しても得るものは多くありません。40年以上のあいだに語が置き換わったという事実を踏まえたうえで、自社のフォーマットが実際にどちらの意味で運用されているかを確認するほうが先です。目標シートに「達成可能性」という欄があり、そこに「無理のない水準か」という説明が添えられているなら、その組織は難易度を抑える方向にAを使っています。
「A」を達成可能と読むと、目標設定の効果はどうなるのか
Aを「達成できる範囲に収める」と読むと、目標設定研究が積み上げてきた効果を自ら削ることになります。Locke & Latham (2002)「Building a Practically Useful Theory of Goal Setting and Task Motivation: A 35-Year Odyssey」American Psychologist, 57, 705-717 は、目標の困難度と成果の関係を正の線形関係と表現し、原文で「最も高い、あるいは最も困難な目標が、最も高い努力と成果を生んだ(the highest or most difficult goals produced the highest levels of effort and performance)」と述べています。
この関係の大きさとして同論文が挙げているのが、目標困難度の効果量 d = .52〜.82(Locke & Latham, 1990 のメタ分析)です。目標を難しくした群と易しくした群のあいだに、これだけの標準化された差が観察されたという報告です。目標を「確実に届く水準」に置く運用は、この差を意図的に捨てる操作にあたります。
「ベストを尽くせ」型の目標がいちばん弱い
Locke & Latham (2002) は、具体的で困難な目標が「ベストを尽くせ(do your best)」型の曖昧な目標より一貫して高い成果につながることも報告しています(効果量 d = .42〜.80)。「ベストを尽くせ」が弱いのは、達成の基準が本人に委ねられ、どこまでやれば十分かが定まらないためだと同論文は説明しています。
ここで実務上のねじれが起きます。Aを「達成可能に」と解釈して水準を下げていくと、多くの現場では最終的に「現状維持+α」を数字で書いたものに落ち着きます。書式はSMARTを満たしていても、機能としては「ベストを尽くせ」に近づいていく。SMARTの体裁を整えることと、目標が動機づけとして働くことは別だということです。
では、目標はどこまで難しくしてよいのか
上限を決めているのは難易度そのものではありません。Locke & Latham (2002) によれば、成果が頭打ちになったり下がったりするのは①本人が能力の限界に達したとき、または②非常に困難な目標へのコミットメントが失われたときのいずれかです(Erez & Zidon, 1984)。裏を返せば、この2つが起きていない範囲では、難易度を上げても成果は落ちないという整理になります。
実務で扱えるのは、主に②です。能力の限界は短期には動かせませんが、コミットメントは目標の決め方で変わります。つまり分かれ目は「目標が高いか低いか」ではなく、「本人がその目標を引き受けているかどうか」にあります。
「高い目標を割り当てる」ことの正当化にはならない
この知見は、合意のないまま高い数字を配ることを支持しません。Locke & Latham (2002) が示した困難度と成果の関係は、コミットメントが保たれている状態を条件とした関係です。コミットメントが失われた時点で成果は落ちると同論文自身が述べている以上、「難しくすれば伸びる」だけを取り出すのは読み違えになります。
もうひとつ、この効果量が何を測ったものかにも注意が必要です。d = .52〜.82 は課題遂行(task performance)について測られた値で、エンゲージメントや定着を直接測ったものではありません。「目標を難しくすれば辞めなくなる」「やる気が上がる」といった読み替えは、この研究からは導けません。難易度は成果の話として、定着や納得感は関与と対話の話として、分けて扱うのが安全です。
Aを「担当」に戻すと、目標の書き方はどう変わるか
Aを Assignable(誰が実行するのか)として使い直すと、目標文に入る情報が変わります。難易度を下げる代わりに、実行の主体と、その人が使える資源を書くことになります。
| 観点 | Aを Achievable(達成可能)で運用 | Aを Assignable(担当)で運用 |
|---|---|---|
| 目標を書くときの問い | この数字は無理なく届くか | これは誰が実行するのか |
| 調整の対象 | 水準(数字を下げる) | 担当・分担・資源(やり方を決める) |
| 典型的な帰結 | 現状維持+αの目標が並ぶ | 水準は保ったまま、実行責任がはっきりする |
| 未達のときの会話 | 「目標が高すぎた」 | 「誰のどの動きが足りなかった」 |
| 研究知見との関係 | 困難度と成果の正の関係を打ち消す方向 | 水準を動かさないため打ち消さない |
チーム目標をそのまま個人の目標シートに貼り付けている職場では、Assignable の欠落がとくに起きやすくなります。「店舗の客単価を◯円上げる」は、誰の何の行動に紐づくのかが書かれていない限り、全員の目標であって誰の目標でもない状態になります。
「達成の反復で成長実感をつくる」という考え方は成り立つのか
成り立ちます。ただしそれは、目標を易しくすることとは別の操作です。混同されやすいのですが、「小さな達成を積み重ねる」には次の2つの意味があり、目標設定研究との相性はまったく違います。
- (a) 目標の水準そのものを下げて、届きやすくする——困難度と成果の正の関係(d = .52〜.82)を打ち消す方向に働きます。
- (b) 目標の水準は動かさず、そこまでの現在地が本人に見える状態をつくる——目標の難易度に触れないため、上の関係を損ないません。
現場で「達成感を積ませたい」と言うとき、意図されているのはたいてい (b) です。ところが実装の段になると、いちばん手軽なのが数字を下げること(a)なので、意図と操作がすり替わります。成長実感を設計したいなら、動かすのは目標の水準ではなく、現在地の見え方です。
では、その現在地の確認をどれくらいの間隔で置くのか。ここから先は目標の書き方ではなく運用サイクルの設計の話になるため、この記事では扱いません。設定・進捗確認・評価の3つの間隔を分ける考え方と、国内の管理職調査に基づく実態は、目標設定の見直しは、どれくらいの間隔が適切か——エンゲージメントから考えるにまとめています。この記事(SMARTの各文字の解釈と難易度)と、そちら(見直しの間隔)を組み合わせて読んでいただくのが想定です。
多拠点では、なぜ「引き受けているか」が見えないのか
多拠点・遠隔の現場で難しいのは、目標の難易度を決めることではなく、本人がその目標を引き受けているかどうかを観測できないことです。同じ場所で働いていれば、目標の話をしたあとの動き方の変化が目に入ります。拠点が離れていると、手元に残るのは提出された目標シートと、月次で上がってくる結果数値だけになります。
派遣・委託の現場では、この構造がさらに強く出ます。スタッフの就業先はクライアント企業の店頭やイベント会場で、目標の元になる指標(客単価、提案率、付帯率)はクライアント側のKPIとして先に決まっていることが少なくありません。目標が「決まったものとして届く」経路しかないため、Assignable の意味での担当合意も、コミットメントの確認も、途中に入る余地がないのです。
その状態で未達が続くと、会話は2つの方向にしか流れません。ひとつは「目標が高すぎたのでは」という水準の議論、もうひとつは「頑張りが足りない」という精神論です。どちらも、本人が実際に何をどう変えたのか(あるいは変えていないのか)という中間の情報が欠けているために起きます。
1on1コンシェルジュは、店頭・イベントでの実際の接客音声をAIが同じ基準で採点し、拠点をまたいで比較できる形にするサービスです。結果数値が動く前の段階で、接客のどの部分が変わったか/変わっていないかを材料として持てるため、目標の水準を下げる話に逃げずに、「引き受けたことが実際の行動に出ているか」を起点に話を進めやすくなります。目標を易しくするための道具ではなく、目標を動かさずに済ませるための道具、という位置づけです。
よくある質問(FAQ)
SMART目標の「A」は、AchievableとAssignableのどちらが正しいのですか?
出典をどこに置くかで答えが変わります。Doran, G. T. (1981)「There's a S.M.A.R.T. Way to Write Management's Goals and Objectives」(Management Review, 70(11), 35-36)を初出とする整理では、AはAssignable(誰が実行するのかを割り当てる)だったと複数の資料が一致して伝えています。一方、現在の実務書や研修で広く使われているのはAchievable/Attainable(達成可能)です。どちらかが誤りというより、40年以上のあいだに語が置き換わったと理解するのが実態に近く、実務上は「いま自分たちがどちらの意味で運用しているか」を確認することのほうが重要です。なお本記事は原論文そのものを入手して確認したものではなく、複数の二次資料が一致して伝える内容として記載しています。
目標は達成可能な水準に設定したほうがよいのではないですか?
「達成できる範囲に収める」という意味で使うなら、目標設定研究の知見とは逆方向に働きます。Locke & Latham(2002)は、目標の困難度と成果は正の線形関係にあり、原文の表現で「最も高い、あるいは最も困難な目標が、最も高い努力と成果を生んだ」と報告しています(目標困難度の効果量 d = .52〜.82、Locke & Latham 1990のメタ分析)。ただしこれが成り立つのは、本人がその目標にコミットしていることが前提です。合意のないまま高い数字を割り当てても同じ結果にはなりません。
目標を難しくすれば、成果は上がり続けるのですか?
上がり続けるわけではありません。Locke & Latham(2002)によれば、成果が頭打ちになったり下がったりするのは、本人が能力の限界に達したときか、非常に困難な目標へのコミットメントが失われたときです(Erez & Zidon, 1984)。つまり上限を決めているのは「難易度そのもの」ではなく「能力」と「引き受けているかどうか」の2つです。難易度を上げる前に、本人がその目標を自分のものとして受け取れているかを確認する必要があります。
小さな達成を積み重ねて成長実感をつくる方法は、SMARTと矛盾しませんか?
矛盾しません。ただし「目標の水準を下げること」と「到達点までの現在地が見えるようにすること」は別物です。前者は目標困難度と成果の関係と逆行しますが、後者は目標を動かさずに実行できます。同じ目標のまま、いまどこまで来ているかが本人に分かる状態をつくるのが後者です。どれくらいの間隔でその確認を置くかという設計は、別記事「目標設定の見直しは、どれくらいの間隔が適切か」で扱っています。
この記事で使った資料の範囲と限界
- Doran (1981) の原論文には当たれていません。Management Review 誌1981年11月号の該当記事そのものを入手して確認したわけではなく、英語版Wikipedia「SMART criteria」をはじめとする複数の資料が一致して伝える内容として記載しています。原典の語の細部やニュアンスについては、一次資料に当たった記述ではない点をご了承ください。
- 「5つの基準すべてを満たすべきかどうか」については、この記事では扱っていません。Doran がその点についてどう述べたかを確認できていないため、踏み込んでいません。
- Locke & Latham の効果量は、課題遂行についての値です。d = .52〜.82(目標困難度)および d = .42〜.80(具体的で困難な目標 vs.「ベストを尽くせ」)は、いずれも課題遂行(task performance)を指標として測られたもので、エンゲージメントや定着を直接測ったものではありません。この記事では、これらの数値を「成果」に関する知見としてのみ用いています。
- 困難な目標が有効なのは、コミットメントが保たれている場合に限られます。Locke & Latham (2002) 自身が、コミットメントが失われれば成果は低下すると述べています。本記事は、合意のない高い目標を割り当てることを推奨するものではありません。
- 目標の見直し間隔・頻度の設計は、この記事の対象外です。国内の管理職調査に基づく実態と設計の考え方は、目標設定の見直しは、どれくらいの間隔が適切かで扱っています。
出典
- Locke, E. A., & Latham, G. P. (2002). Building a Practically Useful Theory of Goal Setting and Task Motivation: A 35-Year Odyssey. American Psychologist, 57, 705–717. 全文PDF(本記事の記述は原文PDFから直接照合)
- Doran, G. T. (1981). There's a S.M.A.R.T. Way to Write Management's Goals and Objectives. Management Review, 70(11), 35–36.(原論文は未確認。下記をはじめ複数の資料が一致して伝える内容として引用)
- Wikipedia「SMART criteria」項目(Doran の原典における各文字の語について参照した二次資料)
- Erez, M., & Zidon, I. (1984). 目標へのコミットメントと成果の関係について、Locke & Latham (2002) の記述を通じて参照。